負け組ゆとりの語り場

社会に取り残された男が日々を語る

ヤフコメ民ってほんと何と戦ってるんだろうな

ヤフコメ、すなわちヤフーニュースへのコメントを見ているとよく見かける光景がある。どうでもいいニュースをみて「これはどうでもいいくだらないニュースだ!」とわざわざ書き込んだり、「だから何?」「番組を見た内容をただ記事にしてるだけの楽な仕事!」「内容がない!」などとコメントしている光景だ。

 

くだらないニュースを見て、くだらないコメ欄をみて、わざわざくだらないと書き込む、多分これも現代的なストレス発散の一環なのだろう。

有吉が「あいつらはニュースと一日中喧嘩してる」「話し相手がニュースしかいない」といっていたがまさにその通りで、擬似的な話し相手を求めてニュースにコメントをしているのだろう。

そうすると「そう思う」「そう思わない」というところに反応が来るため自分の意見が同意されているのか反対されているのかがわかりやすい。ヤフーニュース自体大手ニュースサイトであり見ている人も多く様々なニュースが豊富なため確かに多くの人に自分のコメントを見てもらえるという特性がある。

個人ブログやSNSなどではなかなか無名の個人の意見が大勢に見てもらえる機会は少ないし、反応も来にくい。しかしまとめブログのコメント欄やヤフーニュースのコメント欄は自分の意見が見てもらいやすい上に反応も来やすいため寂しい暇人にとってはうってつけの場所なのである。

ニュースによっては無名の個人の意見でも数万人に見てもらえる可能性があるのがヤフコメの利点でもあるし、時にはコメントに対してコメントもあるためネットにおける「反応」や「見られている実感」「大勢の人がいる場所の一員感」が欲しい人にとってはてっとり早く満足できるメリットがある。

 

そもそもこういった記事に対してわざわざ同意や賛成のコメントをする人はなかなかおらず、たいていどの場所も「何か一つ反論や指摘がある」という人が書き込むことが多い。反論したくてしたくて仕方ない人がとにかく何かと戦っているのがネットである。

ブログ記事などでも全体の内容にはほとんど触れずどうでもいい間違いを見つけて指摘する人も多い。同意や賛成の時は傍観者なのに、反論や指摘がある時はシュバババババと脊髄反射で書きこむのがこの手の読者の特徴である。

 

とはいえ話し相手がいっぱいいてリアルが充実している人というのは実は少数派で意外と暇人が世の中多いのだろう。暇人が暇つぶしに見ているのがまとめブログや匿名掲示板、ネットニュースであり必然的に暇人的なコメントが増える。

わざわざどうでもいいニュースをみて「くだらないニュースだ!内容がないこんなもの書きやがって!」とさも自分は有益な情報を求めている忙しい人であるように語っているが、彼らには普段からヤフーニュースのような場所を徘徊して一言文句をつけるぐらいの余裕はあるのである。

 

もしくは余裕のない心の狭い人が増えたのだろう。

何かの間違いが許せない、くだらないものがあってもいいだろうという寛容の心がない。芸能人やテレビ番組のニュースも自分は楽しめていないから、それを楽しんでみている人がいるということが気に食わない、多分そういう心理なのだろう。

「こういうニュースも見ている人はいるんだろうな、需要はあるんだろうな」と思えばいいわけであって、「そんなことまでニュースにするな!」というスタンスの人は一体何と戦っているのだろうか。

世の中その人の為だけにニュースを書いているわけではないのに「自分が求めていないものはすべてくだらない物」と考える自己中心的な人がヤフコメ民には多い。とはいえ前述のようにそれもまたストレス発散の一環なのだろう。インターネットというのはストレス発散や暇つぶしのためのツールであり、そんな高尚な物でもないのだ。

ここはひとつ「ニュースと喧嘩するしか楽しみがない人ががいてもいい」と寛容な心でその多様性を認めるべきなのかもしれない。