創作は自己満足で楽しめる趣味である
創作活動を再開してしばらくしてから気付いたことがある。
「創作は自己満足でもそれなりに楽しい」
昔はもっと人に評価される為や承認欲求を満たすために頑張っていた部分があったが、最近は純粋に楽しいと思うようにもなった。
なんでコメントされないのかなとか、人気でないし需要無いなとか、評価されないなとか、そういことで悩んでいたが最近は自己満足でも結構楽しめるようになっている。
最近の自分は個人創作やオリキャラが自己満足で終わることを批判しておきながら、自分が自己満足で楽しんでいるというダブスタ状態に陥っている。
末端の個人創作がなかなか評価されなかったりコメントをもらえないのは当たり前であって、それは仕方がないという割り切りが最近はできるようになった。
昔はそれができなかったからモチベーションが下がっていた部分があるけど、最近は「それはしかたがない」という悟りの境地に入っている。
個人創作というのはすぐ評価されることや反応を求めていては続かない。反応がないことを割り切って黙々と続けていけば、いつか評価される時が来る。
無名の個人の創作の事をそんなすぐに好きになることは無いわけであって、続けることが何よりも大事。
それまでは当分の間自己満足で楽しんだほうがいい。急にコメントするほど好意的にはならない、それは仕方がないことだと割り切ったほうが精神衛生上も良いのではないか。
反応に依存していては続かないし、それまでは自己満足で楽しんだほうがいいと最近は思う。
自己満足は非常に大事であり、自己満足が持続的なエネルギーになる。
そもそもネットというのは中々反応が来にくい構造になっている。
ネットでいきなり反応する人というのは基本的に指摘したがり気質の人が多く、匿名でコメントして来る人というのはズケズケと踏み込んで来る失礼な人が多いのである。小さいことを指摘したりどうでもいい反論したり、批判したりすることが好きな人、もしくは自分語りをしたい人が多い。
本当に気を使ってくれて、中身を認めてくれて、有益な情報をくれる優しい人は10人いたら1人ぐらいでしかない。
逆に言えば気遣いができるゆえに「本当にコメントしていいのかな」と遠慮してしまうし、自分も他の人のブログやピクシブの投稿にそれほど積極的にコメントをせずただ見ているだけという事の方が多い。
最大の評価は黙々と見続けてくれることであり、投稿する側も黙々と投稿するほうがいい。本当に優しいコメントで溢れかえる人というのは一部の人たちだけでしかない。
インターネットというのは基本的にそういう構造になっているために、末端の個人は自己満足で続けていくしかない。
「嬉しい反応」をいきなり求めすぎてもそれが実際にもらえる事はなかなかない、それゆえにモチベーションが下がるということを自分は繰り返してきた。
SNSでいいね!が欲しいとか、自分のアカウントに対する登録者が増えてほしいとか、誰もが思う事だけどそう簡単にネットで認めてもらうことは難しい。
そう考えたときに「自己満足で楽しいコンテンツ」というのは非常に個人にとって有益である。最近ピクシブでオリジナル物をまた投稿したことで「オリジナル創作は自己満足でも十分楽しめる」ということに気付いた。
閲覧数もコメントがそれほど多くは無いにもかかわらず、それがあまり気にならないどころか久しぶりに楽しいと感じるようになった。
ゲームや競技系は勝たないと楽しくないし、競争にさらされるジャンルは才能がなければ自己実現できないという壁に直面する。
また版権物のイラストはどうしても多くの人に見てもらわないといけないという強迫観念にとらわれるため、本当に好きなだけではやれない。また上手い人との比較が気になってしまい自己嫌悪に陥ってしまう。
一方でオリジナル物やオリジナルキャラクター系のいいところは下手でも特に気にならないという事であり、自分しか書いていないがゆえに自分が一番上手いという状況になることができる。
自分しか書いていないのだから自動的に自分が一番上手い状態になるし、自分が元祖になれる。この"元祖感"がたまらないから、ピクシブにはオリキャラや個人創作があふれているのかもしれない。
下手でも反応が無くても、限られた人しか見ていなくても楽しめるという意味ではオリジナル創作はなんだかんだで楽しい。
ピクシブにそういう人が多いのは、それで十分楽しいからなのかもしれない。
逆に版権ものを書いたら「人気のものを書いたのに何で見てくれないんだ、反応をくれないんだ、やっぱり自分は下手なのか・・・」という状態になることが多い。
逆にオリキャラや個人創作は下手でも許される、というよりも自己満足しやすいというのがメリットだと思う。
自分で自分の作品に対して愛着を持ちやすいのは圧倒的にオリジナル物であり、最下層のレベルでも楽しむことができる。
そしてピクシブというのはわりとそういう人が多いため、「他にも自己満足でやってる人いくらでもいる」という謎の安心感も得られる。
手っ取り早く自己実現した気になれるという意味ではオリジナル物は効率が良く、そこまで技術が必要ないので誰でも楽しめる面白さがある。
それゆえに供給が多く、見てくれる人は少ないがそれが気にならない境地に差し掛かることができれば特に問題もない。
昔はそれが気になっていたけど、久しぶりに創作活動を再開して「自己満足でもわりと楽しいな」という感覚を得られるようになった。
昔は頑張ろうとしすぎていたのかもしれない。
決して夢や野望を捨てたわけではないが、いきなりそこにたどり着こうとしても絶対にそれは実現できない。個人創作はもっと長期戦でやるべきであって当分の間は自己満足でやり続けて行かないといけない。
いきなり創作で評価されるのは一部の天才だけで、自己満足でやるのはむしろ当たり前であり仕方がない事でもある。ブログもピクシブも黙々と自己満足で続けてコンテンツを充実させていくステップが必ず必要になる。
自己満足で楽しんでる人が、自己満足で楽しんでいる人の創作を見る、これで十分楽しいのだ。
誰もがいきなり夢をかなえられるわけではないし才能にあふれているわけではない。
そんな末端の個人が取り組むべきなのは評価されなくても、勝てなくても自己満足で十分楽しめるコンテンツなのかもしれない。