負け組ゆとりの語り場

社会に取り残された男が日々を語る

外国人女性と結婚して息子をサッカー選手にする夢

かつて本田圭佑は「人から笑われる夢を持った方が良い」を語ったことがある。

その笑われる夢で言えば、最初は半ば冗談のように考えていた外国人女性と結婚して息子をサッカー選手に育て上げるという計画について真剣に考え始めている。

 

ちょっとした適当な妄想で考えていただけに過ぎなかったこの壮大な計画も、考えていく内にわりとリアルにアリなんじゃないかなと思えるようになってきたのだ。

 

まず最大の理由は自分の結婚観の変化、すなわち子供がいない人生のリスクが急に不安に思えてきたという事にある。

今でさえ世の中に孤独死が溢れ、介護士不足が深刻化してきている時代に自分の老後が急に不安になってきたのだ。

正直自分はまだ若いのではないかという安心感もあったのだが、これもいつまでも続かないという現実にそろそろ気づき始めてきている。

それまでは独身貴族主義者であり、子供や家族は負担だと考え自分の人生を生きる計画をしていた。

 

しかし肝心のその自分が思ったような人間になれなかったこと、自己実現できそうにもないこと、ポテンシャルや伸びしろが今後限られている事に悟る機会が増えてきている。

一昔前までは自分一人で生きていく自信があったのだが、自分はそんなに特別な人間でもないという現実を悟ったことで夢や希望が欠如するようになっている。

 

未来が何か明るい方向に向かっていくという期待が無ければ、人生はこれほど空虚なのかということに気付いた。自分の場合まだ年齢的には20代半ば程であり、どこかにまだ大丈夫なのではないかと未来を先回しにするようなことしか考えていない。

しかしこの今の状態ですら先行きが無い事や、未来が発展していかないことにこれだけ精神的ダメージを受けているのだから、自分自身が衰えるていくような年齢に差し掛かればなおさら絶望的だと気付いたのだ。

 

こういう時子供がいれば、自分は確かに老化していくかもしれないが子供は成長していくのでほとんど気にはならないだろう。自分の老化も、子供の成長があれば心苦しくは無くむしろ楽しみな未来に溢れている。

これが自分一人でバリバリ生きて行けるような有能な人間ならば特に問題は無い。

世間的に有名な結婚願望を持たない独身主義者の人々の多くは優秀な人が多い。

その一方で実際に1人で人生を謳歌できるような人は少数派であり、「自分は一生独身で遊んで暮らす」という願いはどうやら叶いそうにないと言う事に自分自身気付き始めている。

 

そんな時、今まで絶対に興味はなかった子育てに人生の楽しみを見出せば、この空虚な人生は面白くなるのではないかと、これまでとは180度異なるコペルニクス的転回の思考に辿り着いた。

やることや情熱を傾ける事がこのままいけば数十年後には見つかりそうにない、だからこそあえて大きな目標を持つべきなのだ。

こんなことを言ってしまえば不謹慎な考え方かもしれないが、趣味と実益のために自分は子育てをしようという考え方になっている。

 

その計画のまず第一段階はこの10年以内に外国人女性と結婚することである。

自分と同レベルの日本人女性と結婚したところで、平凡な子供しか生まれてこないことは目に見えているので外国の血統に化学反応を期待したいというのが理由だ。

 

そもそももう日本人の血統自体が、2000年もの間、閉鎖的な島国で大きな変化も無く交雑してきたことに既に限界があるのではないかと自分は考えている。

これまでの日本の歴史を否定するつもりは決してないのだが、現代の新しい潮流の中でもはや単一民族はマンネリ化のような状態になっている。

実際に日本社会の中から突出した新しい人材はなかなか現れず、ぶっ飛んだような人は外国人の血が入っている人が多い。一見すると日本人と変わらない容姿をしているが実はクウォーターだったという人が優秀なことも多い。

かつての自分は単一民族を美化し、移民制度などに反対していたが日本の停滞を考えた時、打開するにはもう海の向こうからの風が必要なのだという現実に気付いている。

マンネリ化した遺伝子からは、もう突出した才能は現れない。

 

実際にサッカーのような競技でも、もう劇的な変化は発生せず正直ここ数十年間日本のサッカーを見たところで何かがあるようには思えないのだ。

自分は大のサッカー好きであり、自分にとって一番の娯楽だと言っても過言ではなく、最後の情熱の拠り所でもある。直近のワールドカップで惨敗したにもかかわらず、結局惰性で今日までサッカーを見続けてきた程だ。

 

サッカーが一生の趣味や興味の対象ではあるが、同時に自分がサッカー選手になれなかったという心残りもある。そもそもここまで本格的にサッカーを好きになったのも最近なので、どう考えても年齢的にサッカー選手になることは難しかった。

15歳までの成長が基礎として重視されるサッカーの世界では間に合わなかったのも現実であり、そもそも自分にそれほどの運動神経は備わっていなかったので絶対的に叶わない夢だ。

 

そのため自分は寝る前に自分が海外のビッグクラブと日本代表で活躍する妄想をして、ゲームで自分を選手にしているのだが、これも時々虚しく感じることはある。

正直ここまで情熱があるのもサッカーだけなので、もう思い切ってサッカーの人生を捧げるべきなのではないか。まだ平均寿命までの時間を考えれば数十年あるわけで、育成に楽しみを見出そうという考えにシフトしている。

よくよく今後の人生を考えた時、特にやりたいことは無いというのが本音で、自分自身が特に何か自己実現できるほどポテンシャルや才能に恵まれているわけではない。

何も目指すものが無い人生であり、もう終わった人生だったとも言える。

 

日本人女性との結婚を考えるからその先には平凡な人生しか待っていないように思えるが、外国人女性との結婚ならば何か大きな夢を思い描くことが可能だ。これも幻想にすぎず、大したことにはならないしそもそも叶わない果てしない夢でしかないというのは重々承知だ。

しかしわずかな可能性であっても何かが起こるのではないかという期待は精神的な支えになる。

別に今日や明日に成し遂げようという早急の課題ではなく、残りの人生をかけた数十年単位の計画だ。特にもう夢も無かったのでその空白を埋めるには、子育てという今まで一切興味が無かった希望が上手く合う。

 

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「最もサッカーの才能がある人種」と考えた場合、自分は旧ユーゴスラビア系の人々だと考えている。

ブラジルやドイツのようにナショナルチーム自体が強豪ということはないが、その人口からは考えられない程に世界中で旧ユーゴ系の選手が活躍しているのは驚愕する事実だ。そもそもサッカーに限らず、バルカン半島系の民族は球技全般に才能が有りテニスやバスケなどでも活躍が目覚ましい。

そしてサッカーにおいてもかつて旧ユーゴスラビア代表はドリームチームであり、クロアチア代表はワールドカップ3位の成績を残したことがあるほどだ。

 

次の候補はスペインやポルトガルといったイベリア半島系の人々だが、国籍にそこまで強いこだわりがあるわけではない。自分はこの人種の女性は好きになれないという考え方は持ち合わせておらず、条件となるのはとにかくフィジカル的な素質だ。

また頭脳の面でも実は海外のほうが優れた天才が多く存在する。

生物学の基本に照らし合わせれば、そもそもなるべく離れた遺伝子の組み合わせのほうが健康で優秀になるようにできており、もう2000年も同じ民族だけで交雑すること自体が限界に達しているのである。

 

例えば自分が今らの人生で年俸数十億を得るような人になることはまず不可能だろう。

しかし何人か外国人の血を引く子供を作れば、何かしら起きるのではないかという希望がある。男子ならばサッカーに限らずジャニーズになるならばそれも自分にとっては重要な夢だし、女子ならばテニスや芸能人にも期待できる。

よくアイドルが父親と仲が良さそうにしているのは楽しそうであり、本来は自分が父親の年齢なはずなのに握手会に行くよりはよほど充実した人生だ。

こんな現金な考え方をしているとゲスいと思われるかもしれないが、「将来子供に食わせてもらおう」という考え方も今の少子化時代には十分な動機づけになるのではないか。

 

別にこれは個人的な具体例でしかなく、それぞれ思い描く将来像があっても良い。

少なくとも何の夢も持たないよりは良いだろう。

日本人男性がもったいないところは、自国の女性に夢を見出せなくなった時なぜかアニメやゲームのキャラクターに夢を見て現実逃避するというところだ。

国際結婚は負けという価値観もそこにはあるのかもしれない。

ここら辺は日本人女性の方がむしろ柔軟な考え方をしているのではないか。

 

普通自国の女性に夢を見いだせない男性は、海外に夢を見る傾向があるがここ最近の草食化した日本男児、バーチャルユーチューバーやらソシャゲの嫁キャラクターだかに閉じこもってしまっている。

アニメやゲームのキャラクターは結局架空の存在であり、直ぐに孤独は癒しやすいかもしれないが逆に言えば何も残らない。

数十年後も架空のキャラクターに情熱を向けていることなど不可能だろう、その内現実に気付き冷める時が来るのだ。

自分の人生を考えた時、今はまだその段階じゃないと言っているうちに何もない人生だったと気付く時が訪れる。

 

よく方言女子が好きだと言う人がいるが、外国人女性の話す日本語というのは不思議な魅力があるので自分はなぜかそこに惹かれている。近場の国でも話し方や発音、そして行動が違っていてまるでアニメキャラクターを見ているように感じる時もある。

最近日本人男性は内向きになっているが、今だからこそ外国人女性の可愛さを再評価するべきなのではないか。

 

また海外の異性に夢を見ることは、語学を勉強する上でもモチベーションとなる。

外国語を学ぶときモチベーションは中々維持することができないため、突拍子もない夢であっても動機づけになるならばあったほうが良い。

壮大な夢はかなわなくても、語学の勉強を続ける役には立ったのならばそれは十分に良い結果だろう。

 

自分がこれだけ好きな欧州サッカーの華やかな世界も、現状のままではいつまでたっても他人事だ。

今後数十年間寂しくサッカーを見続けて、日本代表も大して強豪になれず一生欧州サッカーと自分は縁が無いというのがこのままいけば現実だ。

それが現実的な夢になることなど想像もしていなかったが、仮に息子がバルセロナやレアル・マドリードに移籍してスペインの高級住宅街に居を構えるなんてことも宝くじ当選ぐらいの確立かもしれないがあり得なくはない。

少なくとも日本の当選金額の安い宝くじを一生買いつづけるよりは、息子が数十億円を稼ぎ出す選手に成長することを期待するほうが夢がある。

自分が今から選手になるという確率皆無の夢よりはさらに可能性がある。

 

正直なところ今の日本サッカーの育成では到底世界に追い付けない。

日本も進歩はしているが、世界はもっと進歩している。

FIFAワールドカップの優勝など一生かかっても見ることができないだろう。ただでさえ少子化で世界との差が開き始めている時代に、もうワールドカップ優勝は多くのサッカーファンが諦めている。

 

しかしそれでは面白くない、ならばいっそのこと自分で直接選手を育てればいいのではないかという発想の転換だ。

男性に限らず女性のサッカーファンも含めて、外国人と結婚して子供を育て上げるという事をやり始めれば数十年後には成果が出るかもしれない。

別に日本代表を選ばなかったとしても、スペイン代表のダビド・シルバのように日系選手として活躍するケースだってあり得る。

突拍子もない夢かもしれないが、それだけ華やかなことを思い描く想像力が今の日本人には必要とされているのかもしれない。

人から笑われる夢を持つべき、そう本田圭佑は語ったのだから。