負け組ゆとりの語り場

社会に取り残された男が日々を語る

相変らず今日も人生が辛い

ここ数日間、嫌で長い二日酔いが続いている。

まだ今日は前日に飲んだ量が少なかった上に、空も晴れて比較的楽な状態で1日を迎えることができている。

そうは言っても終わったようで終わらない頭のどんより感は続いており、朝は嘔吐から始まる。嘔吐しているときはこれでもかという程自分が人生の敗者であることを思い知らされて、惨めで悲しい気分になる。

独りで惨めに嘔吐している哀れな自分がそこにはいるのが現実だ。

 

そもそもこんなことになっているのは前日にお酒を飲みすぎたからだ。

夕方まで二日酔いに苦しみ、楽になってきた頃にまたお酒を飲みそれがまだ次の日に二日酔いとなって現れる。

完全に負のループに陥っている状態だ。

まだ晴れの日は良い、外に出て新鮮な風を浴びれば気分転換ができる。

曇りや雨の日は最悪だ、外に出られない上に更に気分がネガティブになる。メンタルが些細な天候の違いに左右されるほど精神的に荒んでしまっている。

 

更に最悪なのはこういう時にブログの過去記事に対して攻撃的な反論や指摘を仕掛けてくる人がいるという事。昨日は3人が同時に昔に書いた記事に攻撃的に書き込んできて落ち込んでいる。

ピクシブの過去イラストに嬉しい感想や意見を寄せてくれる人や、noteでクリエイター支援を選んでくれる人はいないのに嬉しくない反応は時々こうしてある。良い時は何も言ってくれないのに反論や指摘の時だけはクレームを入れてくるのは悲しい。

 

精神的にも金銭的にも辛く絶望に満ちているときにサポートしてくれる人がいない時は本当につらい。本当に孤独感と自己嫌悪感に苛まれる。

そこに二日酔いという身体的な苦しみも加わることで自分が惨めな存在に思えてくるだけでなく、世の中から見離されたような感覚になってしまう。

自己肯定感が得られず日に日に自信を喪失していき卑屈になってしまう現実がある。

本当に必要な時に誰も支援や応援をしてくれない。自分は他人でしかないのだろうし、自分のやってきたことは無価値だったのかと考え込んでもう人生を辞めたくなる。

 

生きててすみません、つまらないことをして申し訳ありません、そんな憂鬱な感情が沸いてくる。崩れゆく砂像のように消えていく自分を想像すると、そんな風に消え去れたらという思いが芽生える。

楽に死ぬことができればどれほど良いのだろうか、ただ生きるだけなのがこんなに辛いのは嫌になる。何もしたくないし、もう生きたくないという無気力感に襲われる。

今の世の中に停滞感が蔓延しているのはこういった見えない苦しみを背負った人たちが大勢いるからではないだろうか。

これからもう楽しいことも待っていないんだろうなと思うと絶望と孤独だけが自分の感情を支配していく。前向きになるエネルギーが残されておらず誰も助けてくれない時、なぜ楽に消え去ることを選べないのだろう。

条件に恵まれていなかったり能力が無かったりする人間は本当に生きていくことが難しい。淘汰された人間にとっては生きやすくも無く、そこから退場することもできない苦しみがある。

無能ですみません、駄目な人間ですみません、負け組で申し訳ありません。

 

もう何も変わっていくことは無い、そんな状況がこれから何十年も続くことになるのだろうか。人生をやり直すことは困難でこれからやらなければならない事が途方もないことに思えてくる。やらなければならない事が多い上にその果てしない道のりを頑張ったところで普通にも追いつけない。

自分にとってはその普通が果てしなく遠い。完全に社会から置き去りにされている上に、もうそこに懸命に食らいついていくこともできない。

 

楽しくなく辛いだけの人生が続いていくと思うと更に精神的にふさぎ込むことになる。そしてなんとかポジティブな思いを持ちなおそうとするときはすぐにお酒に頼ってしまう、甘えだとわかっていてもまた間違いを選ぶ自分がいる。

 

失敗からしか何一つ学べないどころか、失敗からも何も学べない。

今の自分はもう完全に腐敗している、夢を見ていた頃とは完全に別人だ。

そんな時あの頃に戻れたらと思いながらも、もう戻れないことを思うと本当に悲しくなる。この状況から一人で立ち直ることやまた頑張っていこうとすることがなかなかできない、そして酒にしか頼れず更にその依存度は増していく。 

気分が悪い時は本当にこうして考えることまで卑屈なものになっていく。せめて思っていることだけを言葉にするだけでも楽になれる気がしたのにそれは幻想だったと気付く。

そんなことを考えながらも既にこの二日酔いが元に戻ればまた飲もうと考えている自分に気付いたときは惨めに感じる。

相変らず二日酔いが今日も長い、空が晴れたことだけが今日の救いだ。