負け組ゆとりの語り場

社会に取り残された男が日々を語る

誰も語らない本当のオリキャラの作り方

オリキャラ、つまりオリジナルキャラクターは少し絵を書いたことがある人ならば一度は考えたことがあるのではないだろうか。そんなオリキャラの描き方については様々な人が語っているが、そこには誰も語らない真実がある。

多くの人がその技術論について語るが実はオリキャラの作り方というのは具体的な技術論が全てではない。

正直に言ってある程度キャラクターの絵が描ける人なら誰でも作ること自体はできる。

 

「行うは易し行うは難し」ということわざがあるが、その言葉を応用するならオリキャラを作るのは易し、広めるのは難し」だと言える。

実はオリキャラを作ること自体は非常に簡単であり、ある程度キャラクター絵が描ける人ならば誰でも描ける。基本的に自分がいつも書いている画風で、公式のキャラクターにないデザインを使えばそれで十分オリキャラは成立する。

髪型、衣装、名前、設定、目や髪の色などを独自に決めればあっという間にオリキャラは完成する。

髪型も他のキャラクターやヘアカタログを参考にし、少しアレンジを加えれば十分であり良くある髪型でもそれはオリキャラだと言えばオリキャラになる。衣装も上着、靴、ファッションアイテムを個別に何かを参考にして自分の好きな物を貼り合わせていけばオリジナルの物自体は完成する。アレンジを効かせて少し違う物にすれば十分唯一のものとして成立するだろう。

 

真に問題なのはここからであり、本当に大事なのはそのオリジナルキャラクターをどう広めていくかという難関が待っている。

ピクシブなどを見てもオリキャラと検索すれば有象無象のオリジナルキャラクターのイラストが投稿されている。ピクシブではオリキャラは最も投稿されているジャンルの一つであり今もきっと誰かが自分が考えたキャラクターのイラストを投稿しているだろう。

自分自身もそのオリキャラを投稿している者の1人だが、正直に言ってほとんどのキャラクターが「自己満足オリキャラとなっており自己完結で終わってしまっている。

なぜなら誰でもできることのため非常に供給が多く大半が埋もれてしまうからだ。実際自分も他の投稿者のオリキャラを見ることがあるが、たいていの場合ほとんど印象に残らない。

ピクシブの投稿者はよく「うちの子」という表現をするが、ほとんどの場合本当に「うちの子」で終わってしまい、他者から見ると結局自分には関係ない他人の「よその子」でしかない。

大半のキャラクターは見向きもされず、完全に自分が描いているだけでそこから何かの展開もなく埋もれていくのがこういったオリキャラの日常である。

 

結局ほとんどの投稿者が、それほど他人のキャラクターには興味がなく手間を惜しんで人のキャラクターを描いたり話題にしたりすることは無い。お互い他人のキャラクターには無関心であり、自分のキャラクターが世界一だと思っている。

まるで猫を飼っている人が「うちの猫が一番かわいい」と思っているのと同じで、オリキャラ描きの人は自分のオリキャラを世界一だと思っている。そんなことを言いながらも自分もそう思っている立場であり、自分のオリキャラは公式のキャラクターよりも好きだし逆に他人のオリキャラで覚えてるキャラクターはほとんどいない。

 

ネットで本当に多くの人から認識されたオリキャラというのはほとんど存在せず、よほど絵が上手い人やキャラクターを広めることが上手い人しかいない。

東方Project」シリーズや「ひぐらしのなく頃に」シリーズは元々ネットのオリキャラだったところからスタートしているらしいが、この領域になってくるともはや別格であり末端のイラスト投稿者にとってはそこまで参考にならないだろう。

夢はあるが現実的にその領域を目指すのは難しい。

 

またネットのイラスト投稿サイトというのはただでさえ供給過多になっている状況であり、一定のレベルに達しない絵はそう簡単に見てもらえない。

ただでさえ見てもらえない画力の人が、どこにも需要の無いオリキャラを描けば想像がつくようにほとんど誰も見ていない。

実際自分もピクシブでオリジナル物を何度か投稿しているがオリジナル物はよほどの才能や画力がなければ厳しいという事も感じている。

 

ではオリキャラはどういった状況が失敗であり、どういった状況が成功なのかについてここで一旦整理してみたい。

 

ネットによくある有象無象の埋もれる量産型オリジナルキャラクターにありがちなこと

・誰もそのキャラを覚えておらずファンがいない

・自分以外に描いている人や話題にしている人がいない

・閲覧数が少ない

・どこかで見たようなデザイン

・画力が低い

・キャラクターデザインだけで終わっている

・そのキャラクター絵を1枚しか書いていない

=自己満足オリキャラ

 

そして「人気になるオリジナルキャラクター」の条件はまさにこの逆である

・多くの人が覚えておりファンが付いている

・自分以外の人も話題にしたり、そのキャラクターを描いてくれる

・閲覧数が多い

・独自のデザインであり既視感がない

・画力が高い

・そのキャラクターが活躍する作品を作っている

・そのキャラクターに関する絵や漫画を多数描いている

=真のオリキャラ

 

そして現実にはほとんどのキャラクターが前者になり、後者の領域に達することができるキャラクターはほとんど存在しない。

ではなぜオリジナルキャラクターがここまで失敗しやすいのかという事を自分のオリキャラを実例として解説していきたい。

しくじり先生風に言うのであれば「私はオリキャラを描いて失敗しちゃった先生なんです」といったところだろうか。結局なぜ自分のキャラクターは自己満足で終わったのだろうかという事を実例を持って考えていきたい。

オリキャラ

これが実際に自分が描いたオリキャラであり、まさに前者のパターンに当てはまっている。まずこのキャラクターについて概要を簡単に説明したい。

名前:空良快晴(そら かいせい)

年齢:18歳

登場する作品:戦略機動伝ガンダKind

作中での役割:主人公のライバル

職業:軍人、パイロット

自分でも痛いオリキャラだと思うがそもそも痛くないオリキャラの方が少ない。むしろオリキャラは痛い方が良いとさえ自分は思っている。

まず戦略機動伝ガンダムKindというのは自分が考えていたオリジナルガンダムシリーズであり、その中で登場するライバルキャラクターという立ち位置になっている。

 

そして実際このキャラクターが人気になることは無く絵を描いてくれる人はほとんど現れず、特に反響もなく鳴かず飛ばずという状況に終わった。

 

そしてほとんどのオリジナルキャラクターを描いている人が誰からも相手にされず埋もれているのではないだろうか。

ただピクシブオリキャラを投稿して何か爆発的な反応があった人というのはそれほど多くないだろう。元々絵師として人気だった人が有名作品の二次創作や同人キャラクターを作ったときようやく反応があるぐらいで、基本的の人のオリキャラにそこまで反応してくれる人は多くない。

なぜかというと素直に言って魅力がないからであり、前述の「うちの子」と「よその子」でいえば永遠によその子でしかないからである。「自分が描いたフィルター」がかかっているから魅力的に見えるだけで、他の人には魅力的でなかったり、魅力を伝える努力が足りないという要因もある。

 

そしてそういったことを箇条書きにまとめて、それに対してどうするべきだったかというのをここからは書いていきたい。

その対策がまさにタイトルの「本当のオリキャラの作り方」となる。

 

1:画力が足りなかった

これはシンプルな事実であり、つくづく自分は画力が足りないという問題に直面した。ピクシブやネットの供給過多の時代に勝負しようとしたらもう最低限画力がなければならず、それが大前提ともいえる。日ごろからイラストサイトを見ている人は目が肥えているため、もう上手くて当たり前になっている部分がある。

まず画力で足きりされてしまっているというのが現状であり、「下手なオリキャラ」というのをわざわざ見ている人は少数派だという現実に自分は気づいた。

正直に言えば自分は正面の絵からしか描けないのである。それゆえに様々なポーズで書くことができずキャラクターの魅力が伝わりにくい。また漫画も描けないためキャラクター性を知るきっかけが少ない。

 

個人的にはそういった手作り感があるイラストのほうがプロ並みに上手い人より好感を持っているけども、現実にピクシブで閲覧数の多いオリキャラはやっぱりある一定レベル以上の画力で書かれていることがほとんどだ。

これはピクシブ全体の傾向として、上手い人の方がいろんな人に見てもらえるという基本も基本の真実。同じオリキャラでも画力がもう少した変えれば結果は変わってくる程画力の影響力は絶大だと言える。

「素人感がいい」ということに甘えていては時代に置いて行かれる、もし自分がまたオリキャラを描くことを再開するならば画力を高めることは最優先にしたい。

 

2:交流の不足

実はオリキャラで画力の次に大事な物はコミュニケーション能力である。キャラデザや設定という詳細な部分は実は多くの人はそこまで見ていない。

この「そこまで見ていない」というのが真理で、基本的にこれだけイラストが多く投稿されている場所で他人は他人の絵にそこまで興味がない。

ただでさえ興味がないのに、そこからそのキャラを描くということまで進むはずがない。オリキャラ投稿者は自分のキャラクターが最高に魅力的だと思っているが、実は他人はそこまでいいキャラだとも思っていないのが悲しい現実である。

 

逆に大事なのはイラストを描いている人同士の交流であって、「その人に興味があるからその人のキャラクターも良く見えてくる」という状況が必要になる。

これはネット全体に言えることだが結局ネットというのはやってることの質よりも人脈や交流が最重要課題であり、人間関係やコミュニケーション能力が実はキャラクターデザイン能力や設定能力以上に大事になってくる。

 

例えば中学時代ぐらいによく一緒に絵を描いている人がいたときに、レベル関係なしにお互いの絵が好きだったことがある。「友達の絵」はレベル関係なしに興味を持つし、お互いそこまで上手くなくてもいいキャラだと思えてくる。

これは子供で例えるならば他人の子供は基本的にどうでもよいが、「自分の子供と友達の子」となると途端に愛着がわいてくるのと似ている。

自分の子供と友達でなければただの「よその子」でしかないが、自分の子供と友達なら「うちの子と仲良くしてくれてる子」になる。

 

それと同じでイラストやオリジナルキャラクターもネット上で仲の良い人の絵ならば魅力的に見えてくるし、そのキャラクターをお互い描こうという形にもなってくる。お互いの絵を描くことで少なくともその人は自分のオリキャラのファンになるし、自分もその人のオリキャラのファンになる。

 

ただ問題なのがこの交流は結局お互いの間で終わってしまう為、そのキャラが真に広まっていくという事はまだ達成できない。よほど描いてくれる人が影響力のある上手い人ならばその人切っ掛けで自分のキャラクターを知ってくれる人が増えるが、実際そこまで上手く影響力のある人がわざわざ末端のオリキャラを描いてくれることは実際ほとんどありえない。

基本的にイラスト投稿者の本音は「自分の画力を自分より画力が下の人のために使いたくない」であり、自分より下の人間のために絵を描いてくれるような親切な人はなかなかいない。

悲しいことにピクシブの世界では画力がその人の価値を決める指標になっており、「身分制」と言ってもいいような壁がある。カースト制度と同じで、基本的に皆自然と同レベルの人と交流するようになる。このサイトではほとんどのユーザーが自分より画力の無い人を無条件に見下しているのが現実である。

 

これもピクシブに「描いてもいいのよ」というタグがあるのだが、ほとんどの人が誰にも書いてもらえずに終わっている。

「暇じゃないんだからわざわざそんなキャラ描くわけないだろ」というのが上手い人の本音であり、ポケモンで弱いポケモンGTSに預けて、強いポケモンとの交代を迫っても誰も交代してくれない事と似ている。

 

「描いてもらう」という受け身のスタンスでは厳しいし、自分より上手い人が描いてくれることはほとんどない。

また実際自分より上の人に描いてもらったところで、それがきっかけでそのオリキャラのファンが増えたという事は基本的にあまりない。

オリキャラ描きのほとんどが「待ちの姿勢」で孤軍奮闘しており、そこに連携は存在せず、そしてお互い描いたところで一過性のものにしかならない。どれだけ利他的に継続的に個人間の交流を増やしていけるかが自分のオリキャラを普及する方法になる。

 

3:マーケティングの不足

そして次に重要になってくるのがマーケティング能力になってくる。前述のように絵師同士で絡んでいても結局その関係はその個人間だけで完結してしまうことがほとんどである。

よくピクシブは投稿者同士の交流がメインであり同人活動をお互いに楽しむことが目的になっているが、それは同時にただの楽しい交流で終わってしまう。

お互い社交辞令のようにコメントをしあったり、絵を描きあっているだけではただの友達でしかなくそこから何か自分の活動が発展していくことは無い。

いつもいいねとブックマークをお互い入れ合っていたところでそれは一体何になるのだろうか。

 

実際自分は少ないながらも他の投稿者と絡むことがあったが、正直に言えば「楽しいだけ」であり具体的に自分の活動が進歩していくことはあまりなかった。

結局ネットというのはいつも絡んでくれる人との交流だけでは限界があり、本当に大事なのは「見てくれている人」という第三者だと言える。

本当にお互い夢を持って高みを目指して協力していこうというスタンスの人同士であればその交流は進歩をもたらすが、現実にはただ誰にも相手にしてもらえない寂しさをお互いに紛らわすだけにしかならない。

いつも反応してくれる人がいるというのはモチベーションになるが、同時にその人を意識しすぎて好きな投稿ができないという事も発生したりする。

 

つまり本当に必要なのはROM専で見てくれているファン層をどう増やすかが重要であり、反応は無いけど見てくれている人にどれだけアピールしていけるかが重要になる。そしてそういう人たちがいつの間にか自然と反応してくれるようになる、このプロセスは本当に魅力的なことをやっていなければ難しい。それゆえの本当に必要となるのはこの部分だと言える。

結局のところ「お互い反応を返すから見ている関係」というのはある時どちらかが反応しなくなればその人間関係はあっという間に四散してしまう。そういう関係はある時どちらかが去っていく時が来るのであり、自分にはそういう経験が多々ある。

 

そういう意味で交流に加えて第三者層にどれだけ興味を持ってもらえるかという事に取り組んでいく必要がある。ピクシブアカウントだけでなくSNSやブログなどのアカウントもあれば広報の役目を果たすことがある。また漫画版などを描いたり、人目に付きやすい面白いイラストを描くことも重要になる。

また自分自身に人気があれば「その人が描いたオリキャラ」ということで好きになってくれる人もいる。たとえば無名の人が描くキャラクターよりも有名人が考えたキャラクターのほうが当然人気になりやすい。自分の価値を高めることで自分の絵の価値も高めるというパターンもあり得る。

結局知ってもらわなければどうにもならず、「知る切っ掛け」を増やしていくマーケティング作業が実は重要になっているのがオリキャラである。

 

4:創作活動を継続的に行わなかった

創作で最も大事なのはやはりその継続性である。

例えばこの「戦略機動伝ガンダムKind」という作品はほぼ未完成であり、長期間製作を放置している。

正直に言ってモチベーションが続かずやめてしまったというのはある。

 

これが何を意味するのかというとせっかくそのシリーズやキャラクターを面白いと思ってくれた人が次の段階に進んでくれないという事になる。

そのガンダムKindを何らかのきっかけで興味を持ってくれた人がどのように作品を楽しむかと言ったら実はその作品本編の部分で、自分はほとんどそれを準備できていない。

今では恥ずかしいがこれがその本編になる。

おそろしく稚拙な文章でガンダムKindの小説版を投稿しているのだが、これが実は5話までしか投稿できていない。しかももうその投稿すら2年ほど前が最後である。これではなかなかそのキャラクターや物語の深みまで興味を持ってくれる人というのは現れず、前述の「オリキャラのファンがいない」という状況になる。

これもまた失敗の実例である。

www.pixiv.net

ただこのパターンはまだ有象無象のオリキャラの中ではマシで「そのオリキャラいいね」と気に入ったところで、特にその先に何かがあるわけではないというケースが非常に多い。

典型的なキャラデザだけ描いてオリキャラだと言っているパターンであり、それだけではなかなか好きになる人はいない。

例えばガンダムアムロ・レイシャア・アズナブルというキャラクターがいる。この2人は機動戦士ガンダムの世界観がありその作中で活躍しているからアムロやシャアという存在になっていて人々はその言動について語りファンになっている。

 

これがただ単にアムロとシャアのキャラデザだけが存在してもそれは何にもならない。ただの少年とよくわからない仮面をつけた怪しい人でしかなく、彼らにファンなど付かないだろう。

つまりオリキャラの人気にとって本当に大事なことはそのキャラクターが活躍する作品本体であり、この部分がしっかりしていなければただのキャラクターデザインで終わる。逆にその作品がしっかりしていればそれほどすぐれたキャラデザでなくとも魅力を感じてくれる人はいる。

オリキャラのデザインだけを考えてオリキャラだと言っても人気のあるキャラクターにはならない。その作品を多くの人が知るきっかけを作り、同じオリキャラ描きの人と絡み、継続的に創作活動を行い、そして画力も上げていく。

そして最後はしっかり深みのある作品を作る。

このプロセスが整って初めて人はその人のオリキャラを好きになる。

途方もないことだが自分のオリキャラを本当に人気なキャラクターにしようとすればそれだけやることも多くなってくる。そしてようやくその努力の先に自分のオリキャラが真のキャラクターになる時がやってくる。

 

まとめ:オリキャラはイラストの総合競技

冒頭でオリジナルキャラクターは描くのは簡単だが広めるのは難しいと書いた。

自己満足オリキャラなら今日から誰でも描くことができる。

しかしそのオリキャラが本当に人気になっていくかどうかは様々な能力が問われる。ユーチューバーになること自体は簡単だが「再生数がありファンの多いユーチューバー」になることは難しい事と同じだ。

始めるのは簡単だが極めることは難しい、それがオリキャラである。

簡単に人気になりたければ人気ジャンルの絵を描いたほうがよく、一定の画力があれば固定ファンは付くようになる。ただ同時にその人気はその作品の人気でもあり、自分が本当に考えたキャラクターが人気になることの喜びややりがいとは異なってくる。

そういったやりがいを求めて人は「うちの子」を今日も描いているのだろう、そして自分もまたオリキャラを描くことを始めたいとも思っている。

 

しかしまさにオリキャラは鬼門でありさまざまな能力が問われるもっとも難しいジャンルでもある。

ただ単に絵が上手ければそのキャラクターが人気になっていくというわけでもなく、キャラデザを極めればそれを認めてくれる人が簡単に現れてくれるわけでもない。

そして当然ながら人脈も必要であり、その人脈を形成するためのコミュニケーション能力や人間としての親近感や魅力も必要になってくる。

「この人が描いた」という時、その書いた人の人となりがわかっていれば少し見え方が違ってくるだろう。

 

しかしただ末端の絵師同士で交流していてもそれはネットの友達でしかなく、「本当にお互いオリキャラで成り上がっていくために協力しよう」という野心ある関係を築くことは難しい。

「お互い協力したほうが得だ」と認めあって全力で協力していくような関係を築くのは難しい。プロに対抗しなければならない世界ではどれだけ無名の人間同士で本気で協力していくかが重要になる。やはり孤軍奮闘をするだけでは限界があるという事も自分はピクシブの体験で学んでいる。

しかし連携ありき、協力ありきだけでも大きな進歩が得られない。

何か一つを強化するだけでは一切成長は得られないのがこのジャンルであり、どの部分を重点的に強化していくかという計画的なマネジメントも必要になってくる。

 

真剣に極めようと思えばオリキャラ作りは難しい。

そしてこれだけ強化すればよいというわかりやすい方法もない。

例えば自分は前述のガンダムKindの小説をしばらく描いていないが、それで停滞しているとは思っていない。むしろブログを書くことで文章力は上がっていき、それが小説の執筆に役立つこともある。

「無名の人間が描いた小説は誰も真剣に読まない」ということははっきりしていることであり、まずそういった部分の改善が必要になってくる。

遠回りをしているようで実は創作に役立っているという事も実は存在する。

まさにオリキャラ創作というのは総合競技であり、何か一つだけを頑張っているだけではうまく行かない。トライアスロンのや十種競技ように様々なことができなければならない。

始めることは簡単だがその先は途方もない。

 

しかしそれゆえに大きな喜びも待っている。

自分のキャラクターを描いてもらったときの喜びは大きく、また他の人のオリキャラを描いたときも楽しい。

自分はオリキャラを作ることはつまらないことや難しいことだとただ単に言いたいがためにこの文章を書いたわけではない。むしろこの文化がもっと盛り上がってほしいとも思っているし、オリキャラを描く人がその創作活動におけるヒントになる物を得てほしいとも思っている。

 

自分がオリキャラのイラストを投稿したことで得た体験はどこかの誰かにとって参考になるかもしれない。

漠然とオリキャラを描いている人が一工夫を入れれば確実に面白くなるだろうし、自分自身まだ工夫が足りないなとも思っている。

オリジナルキャラクターを描いて上手く行っている人の方が少数派であり、多くの人のキャラクターが埋もれてしまっている。それではそのキャラクターがしのばれないし、埋もれるためにそのキャラも生まれてきたわけではないだろう。

各々が何らかの工夫をしてこの文化が成熟していけばきっと面白いオリキャラ文化が待っているのではないかと思う。