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負け組ゆとりの語り場

社会に取り残された男が日々を語る

外国語は好きな言葉を勉強したほうがいいというのは真実か?

好きな物ほど上達しやすいというのはどのジャンルにおいても一つの真理である。そしてそれは外国語の学習においても変わらないのではないだろうか。

そもそも日本人は外国語の学習を楽しんでない人が多く、それゆえに外国語が身についていない人が多い。そして自分自身もまたその一人である。

日本語が話せる外国人や、トライリンガルの人などを見ても言葉の学習を楽しんでいるし積極的に話しているという印象を受ける。

 

日本人の語学学習方法の欠点、つまり外国語が身につかない理由はいくつか存在する。

自分の欠点でもあるし、他の人を見ていてもいくつかの傾向がある。

・消極的で自分からは話さない

・勉強しないといけないものだと思っている

・失敗を恐れる

・好きな言語を勉強せず英語至上主義

・真面目に勉強しており楽しんでいない

・文法を丁寧に勉強する読み書き中心の勉強をしている

・語学習得だけが目的になっている

 

まず消極的で話さない事や、勉強を楽しんでいないことなどはそもそも好きな言語を勉強していないという根本的な原因から始まっている。

結局日本人にとって外国語とは英語であり、学校や会社から強制される物だから初めから英語に対してポジティブな印象を持てない。それが結局外国語の勉強は辛くて大変な物というイメージを作り出しているように思う。

学生時代に英語の学習で苦労したトラウマのようなものがあり、社会に出ても会社や世の中の風潮で「英語出来なきゃ駄目だ」とネガティブな印象を持ちやすい環境がある。

結局人間というのは楽しくない事をしたくないという基本的なものがあるが、それでも我慢しながら苦しいことをやっている。

まさにこの考え方が外国語の学習に持ち込まれていて、楽しくないけど仕方なく英語を一生懸命勉強しなければならないというのが昨今の風潮だ。

 

しかし「好きなことをやっていい」という考えを思い切って持つことが外国語学習の近道のように思う。最近自分は本当に好きで勉強したかったスペイン語の学習を始めた。最近までまさに英語至上主義で英語を勉強していたのだがある程度まで進んだものの伸び悩んでいた。そして結局英語自体が楽しくなくなり語学の学習そのものから遠ざかっていた。

ここで思い切ってもう英語はいいとやめて、本当に好きなスペイン語を勉強しようという決断を下した。この決断が非常によい決断で、すっきりしたし外国語の勉強にもう一度ポジティブな感情を持つことができた。英語が好きだったころの情熱を取り戻すことができた。

本当にスペインや南米、ラテン文化が好きでいつかスペインに行きたいとも思っているしスペイン語自体の響きが好きでもある。

英語の時は将来の具体的な計画なども思いつかなかったり、思いついてもそこまで情熱がなかった。英語ができたところでまぁ日本でいいやとそこまで海の向こうに行くことは考えなかった。

 

しかしスペイン語を勉強し始めたことで本当にスペインに渡りたいと思えるようになり、どんどん積極的に勉強できるようになった。

好きな言語を学ぶことのメリットはまさに上記の日本人の外国語学習の欠点に相反するものである。

・好きだから積極的に話せる

・勉強しなければならないがべ勉強したいに変わる

・意欲が高いため失敗すらも楽しくなる

・真面目ではなく楽しく勉強しているため身に付きやすい

・外国語を使って何かをするというビジョンができる

英語を勉強しているときは海外に行くことを本気で考えていたわけではなかったが今は数年後海外に行くことを本気で考えられるようになった。

また真面目な勉強も行っておらず、とにかくスペイン語を使った好きな物を見ているように努めている。

 

例えば自分はサッカーが好きなので、スペイン語実況付きのサッカーの試合を見ている。スペインリーグの試合や、スペイン代表、アルゼンチン代表、チリ代表などの試合を見ながらスペイン語の実況を聞いている。この勉強を始めてから結構単語や発音を覚えてきており、少しずつ分かるようになってきている。勉強しているというよりもただサッカーを見ているだけという意識がありひたすら楽しい。

第二外国語は英語に比べてほとんど初心者の状態から始めないといけなく、「覚える単語も文法もありすぎて途方もない」という考えになり始めから高い壁を感じてしまう。

英語に比べて基本的な単語すらわからない状態からのスタートである。

 

しかしまずそういった考えを持たないことが大事である。単語も文法もその内覚える、徐々に慣れていけばいいと割り切ることができるし最初ほとんどできないことは当たり前だと安心して勉強している。

いきなりできたら天才であり、英語も元々はbe動詞を四苦八苦して覚えたのである。

第二外国語をいきなり英語のレベルにまで高めようと思う必要はなく、2,3年で話せるようになったら大成功ぐらいに思って始めればいいのである。

 

また本を使った勉強もしていない。いい意味で適当に勉強したほうが楽しいのだ。

「参考書を1ページずつめくっていかなければならない」という強迫観念を持つと進んでいない分厚い参考書が嫌になってくる。

しかし自分は本を使った勉強をしておらず、耳で聞いた単語をその都度ネットで調べればいいぐらいに思っているし見ているのはスペイン語関係なしに楽しめるサッカーである。ここに日本の映像作品にスペイン語字幕を付けたものなどを今後新しい勉強方法として追加すれば自然とわかってくる。

元々母国語の日本語も自然と覚えていったのである。

日本人はそういう勉強方法は大人になってから通じないと先入観を持っているし、外国語の勉強は難しくて大変という考え方も持っている。そして真面目にちゃんとした勉強方法をしなければ身につかないと思っているが、実は真面目なちゃんとした勉強の方が身につかないのである。

むしろテキトー勉強法のほうが続くしかえって身に付く。

 

子供の頃きちんと日本語を勉強したわけではなく、両親の日常の日本語や子供向けの番組を見て日本語を覚えたのである。

逆にきちんと理論づけられて研究された義務教育の教科書や、受験勉強の参考書などで英語が身に付いただろうか、答えはノーだ。

言語は感覚で学ぶものであり、理性できちんと丁寧に学ぶものではないのだ。

好きな言語を適当に勉強することの方が効果がある。

外国語の勉強は真面目なほど効果がなく、適当なほど効果がある。

自分はスペイン語を勉強していると言ってもその内実は適当な勉強に過ぎない。

ただ言語の学習はそう重く真面目な物と考えてはいけないのである。適当な勉強方法であっても勉強していることには変わりない。自分だけの自分に合った方法で勉強七手も「外国語勉強してます」と言えるのである。

日本語が上手い外国人も実際難しい文法書を開いて勉強していたというよりも、ただアニメ見ていただけという人は多い。

日本人は語学の学習を上品で格式高い物だと思っていて、真面目に考えすぎているところがある。「そんな勉強方法では身につかない」と理論づけて真面目に勉強するが結局身につかない。

一方テキトーに勉強している外国人の方が日本語ができているのが現実だ。

 

表向き真面目にちゃんとしようとしていることがかえって心理的な負担になってしまって、失敗を恐れたり勉強が続かなかったりする。そう考えたときにこれからはむしろ普及させていかなければならないのはテキトー勉強方法である。

日本の語学学習者のブログなどを見ていても結構真面目に勉強している人が多い。

外国語の勉強方法が意識高い行為や敷居高い行為になってしまっているのだ。

明治時代にエリートが海外の文献を高度に翻訳しようとしていた時代の発想が今も続いている。外国語の学習自体にブランド価値があり、大学など専門機関で学ぶものだと思っている人が多い。

例えば第二外国語スペイン語学科やフランス語学科のようなところに入ってしっかり専門教育を受けないと身につかない、留学しないと身につかないと考えている人が多いが、大学で勉強しなくても語学は身に付くし留学しなくても今の時代ネットでいくらでも身につくのである。

「外国語の勉強をしている」と聞いたらさぞかし凄いことをやっているんだろうなと日本人は無意識に想像してしまう。つまり日本人は外国語の勉強を無意識に素晴らしい教養や高度な学問のように考えてしまっている。

実際は大学に入って高い参考書を買ってきちんと勉強して、SNSで意識高い学習方法を報告しなくてもいいのだ。

外国語の学習はテキトーでいいし、誰でも意識低いやりかたできる。

外国語に対する心の壁や敷居を取っ払って、自分のペースで自分の方法で勉強していけばよく、そして絶対的な答えは存在しない。誰かが上手く行った学習方法も自分には合わないことがあるし、無理に正しい勉強の仕方をする必要もない。

外国語の学習に作法はないのである、誰でも今日から外国語学習者になれるのだ。