負け組ゆとりの語り場

社会に取り残された男が日々を語る

今のネット民ってユーモアがないただのひねくれ者だよな

昔のネットユーザー=ひねくれ者だが同時にユーモアがある

今のネットユーザー=ただ反論したいだけのひねくれ者

今のネットがつまらなくなった要因は、昔のネットユーザーの悪い部分だけを凝縮して面白さを無くしたようなユーザーが増えたことが原因で、典型的な面白い人がやっていたところにつまらない人がやってきた論に当てはまる。

面白いひねくれ者がいた時代から、ただの反論したがり人間ばかりの時代になったのが今のネットでこういうのを見るとネットはそれほど普及させるべきではなかったのかなと思わせられる。

 

特に2chは「半年ROMれ」の精神がなくなった。

またまとめサイトも急増し、ネットのノリを理解していく過程がほとんど失われ一般のノリをそのままネットにも持ち込むようになった。

例えば今ネットで自虐ネタを書きこんだらただ馬鹿にされるだけで皆恥ずかしがって自分の自虐を書かないようになったのは大きな変化と言える。逆に隙あらば自分語りのように自分が自信あるジャンルでしか話さない、匿名掲示板でも虚勢を張ったりマウントを取るようになった。

昔のネットだったら誰かが自虐すれば「俺はもっと酷いぞ」とノリのいい流れが形成されていたし、時には本当はそこまでひどくないのに流れを面白くするためにいい嘘をついていた。

それが今や馬鹿にできる奴を見つけて先制攻撃で誰かを馬鹿にしたり、ただユーモアもなく何かを批判している、完全にストレス発散の場になってしまった。

ネットのあらゆるものが自己アピールの道具かストレス発散の道具になった。

 

ネットをやっているだけでレアだった時代はそれゆえにお互いノリを共有していたが今は今はもうそういう時代でもなくなってごく普通の人が普通に見ているものになり雰囲気も様変わりした。

漠然と「俺はネット民」「俺は2ちゃんねらー」という意識があって、「世間では負け組のひねくれ者」であることをむしろ誇りに思っている節があった。

 

しかし今はネットですらマウント取り合う時代で、結局「おまえら」というのもただの見下すための他人でしかなくなった。ネットの概念やネットに対する感覚も変わったし、利用者もだいぶ増えた。もう「ねらー」というだけで仲間意識があった時代でもないし、ネットが特別な空間だと思えてた時代は終わったのだ。

インターネットやまとめサイト、SNSが当たり前に一般に道具として普及して、むしろネットやってないことのほうがレアな時代になっている。面接の採用人事でも「なんらかのSNSアカウントが本名で存在しないのはおかしい」と思われる時代になっており、ネットはリアルの延長上にある物であり独自の空間ではなくなっている。

 

芸能人も普通にツイッターを使ってネットのノリに媚びてきたり、あたりまえにネット用語を使う時代になっている。逆に芸能人と距離が近くなりすぎて特別感がなくなり、今度は親近感に特化したユーチューバーに人気を奪われる時代にもなっている。

ネットですらどんどんとリア充やコミュ力のある人のものになっていって、かつてのような古き良きねらーみたいなものは絶滅危惧種になっている。残ったのは昔のネットユーザーから良い部分を無くして悪い部分だけ強化したような人だけである。

端的に言えばマジレス気質の人が増えたとういう言葉に行き着く。

ノリのよいツッコミよりもマジな反論や指摘ばかりしたがる人が多い。

実際ブログを書いていてもここはノリのいいコメント欲しいなという時には無反応な傍観者ばかりで、いちいちどうでもいい指摘をしてくる人がマジレスして来ることのほうが圧倒的に多い。

ネタや冗談をマジなものだと捉えてユーモアなく指摘する人が急増している。

 

逆に言えばそういうつまらないひねくれ者も、昔のネット空間ならばユーモアのある存在になっていたかもしれない。面白い場所が面白い人を育てていた時代から、面白い場所がメジャーになりユーザーが増えつまらない人間が多数派になって劣化した。

スマホの普及でもはやネットのノリがわからない人の方が多数派の時代になってしまった。

 

正確に言えばネットは別に面白くなくなったわけではないだろう。

昔のねらー的な面白さやアングラ的な面白さがなくなって、一般人的な面白さ、リアルの延長上にある面白さに舵を取ったともいえる。

面白くなくなったわけではないが、昔のような種類の面白さではなくなった。

それを劣化とか取るか、変化ととるか。

そしてそんなことを考えている自分はもうインターネット老害なのだろう。